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More model information玉利喜造像/所在:鹿児島大学郡元キャンパス(鹿児島県鹿児島市郡元)農・獣医共通棟前/玉利喜造氏は、明治42年、南方資源の開発を目的として設立された鹿児島高等農林学校の初代校長として、盛岡高等農林学校(現在の岩手大学の前身)より赴任された。日本の農学士・農学博士ともに第1号であり、また、貴族院議員にも なっている。胸像ははじめ、台座とともに大正14年に安藤照によって作られた。しかし、像はアジア太平洋戦争中に金属資源の軍需物資として供出され、一時台座だけになっていた。徴用に先立って石膏で型を取り、大切に保存されていたが、昭和20年6月の空襲の際に石膏型も破損してしまった。この空襲の際に機銃掃射の銃弾が台座に命中した痕跡が残っている。戦後の昭和24年になって胸像は再び制作され、元の台座の上にのせられた。制作者は、日本近代美術を代表する彫刻家・朝倉文夫である。当時は運送事情が悪く、この銅像は同窓会の一人が風呂敷に包み背負って汽車に乗り鹿児島まで運んだという逸話がある。/鹿児島大学に許可を得て公開しています
May 23rd 2022
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