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More model information同志社大学の創立者として名高い新島襄は、実は日本人初の「理学士」学位をアメリカで取得した、優れた自然科学者でもありました。彼の科学者としての情熱を今に伝えるのが、晩年まで大切に保管されていた「化石資料」です。 これらの資料は、京都市内 の新島旧邸にある戸棚から多数発見され、現在は同志社大学のハリス理化学館などで研究・保管されています。特筆すべきは、1886年に自ら兵庫県垂水近辺で採集した「植物の葉の化石」です。標本には自筆で採集日時と場所が記されており、多忙な教育活動の傍ら、野山を歩き地質を調査していた彼の探究心がうかがえます。 また、アメリカ留学中にもナイアガラの滝周辺などで化石採集に没頭し、列車が来る直前まで石を拾い集めたという逸話も残っています。彼のコレクションには恐竜の足跡化石に関する記録も含まれており、単なる収集家の域を超えた専門的な知見を持っていました。新島にとって科学とは、キリスト教の精神と同様に「真理」を探究するための重要な手段でした。これらの化石資料は、彼が単なる宗教家・教育者ではなく、自然界の秩序に神の摂理を見出そうとした「科学の徒」であったことを物語る貴重な遺産といえます。
Mar 15th 2026
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