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More model informationこの道供養碑は、文化三年(一八〇六) 十一月に造立されたことが、銘文からわかります。これにより、江戸時代の道供養信仰をある程度知ることができます。
道祖神、地蔵尊などの交通安全、悪魔退散の呪術的信仰とはちがい、これは橋供養と同じように、道路自体を供養して報恩感謝の念を捧げることにより、交通安全を祈ろうとする珍らしい供養碑です。中野通りの先は駒場道(鎌倉道)の一部で、この道供養碑はもとはそれに面してたてられていて、駒場道の供養碑であったことがわかります。
なお、中野通りに甲州街道が交わるこのあたりは、地形が少し低くなっていて、江戸時代から牛ヶ窪と呼ばれており、幡ヶ谷地域の農民が雨乞行事を行なう場所、という言い伝えもあるようです。
渋谷区教育委員会
CC AttributionCreative Commons Attribution
Dec 30th 2022
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