Triangles: 501.7k
Vertices: 250.9k
More model information天守郭周辺部から出土した鯱瓦には口を開いた開口タイプ(阿形)と口を閉じた閉口タイプ(吽形)がそれぞれ2個体ずつ存在したことが判明している。鯱瓦の大きさは、復元高が1m弱(約3尺)になると考えられ、宇陀松山城の「天守」等の棟端に載せれていたものと推定される。 胸鰭が枘差し型・尾鰭が二股形・鱗の表現がU字スタンプ押し式であることから豊臣政権後半~江戸初期(16c末~17c初頭)に位置付けられる。
Comments